「テキストに即する」といっても、西田先生が考えたことをただ解釈するのではない。西田先生が考えようとしたことを哲学するのだ。指し示す「指」ではなく、「月」を見つめるのだ。『善の研究』でいえば、月は「純粋経験」だ。「純粋経験」を哲学するとは、「純粋経験」という概念を辻褄の合うように解釈することでも、「純粋経験」についての知識を得て、それを何かの役に立てようとすることでもない。己自身を問うことである。皆さん自身がどうしても問わずにはおれない問いを抱えた身であることに目覚めることである。要するに皆さんはこの空間では、客ではなく、主なのである。今後の予定
西田幾多郎(旧)全集の第四巻 後編「知るもの」を読む。Zoom開催(第390回)
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村上林造先生の文学対話。村上春樹「鏡」の第2回。Zoom開催(第56回)
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