武士道とスポーツ道徳
田中大翔山口大学 教育学部 社会科教育選修 4年
なぜ私たち日本人は、スポーツ選手を「武士」と喩えるような価値観を有しているのだろうか。スポーツ道徳に「武士道」という考えが持ち込まれたのは、明治30年代の旧制第一高等学校野球部の「武士的野球」論の登場まで遡る。彼らは、当時高まっていた野球否定の状況下から、野球を守るために「武士道」の仮面を被ることでその存続を図った。しかし、そうした近代武士道は戦時期には死をも厭わない国家への奉仕を目的として主張され、戦後も「根性」という言葉として、武士道精神がスポーツ道徳として定着した。その一方で、こうした考えはスポーツ本来の「愉しさ」を喪失させる弊害も生み出した。それでは、現代の私たちが武士道をスポーツ道徳として価値づけることは、本当によいことなのだろうか。武士道とスポーツ道徳の関係性を、歴史を基に、その現代的意義を考察する。そして、その思想的背景である日本人の「武国意識」を探ることで、これからの私たちのスポーツ道徳への向き合い方を示したい。

