成(Werden)への批判
- 2024年1月13日
- 読書会だより
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「上に述べた所に於いて、私は叡智的実在と自由意志との差別及び関係の問題に触れたが」から
「有の場所から真の無の場所への推移に於いて力の世界が成立するのである」まで
2022年6月11日
「空間に於ける物は内在的なるものの背後に考へられた超越者である」から
「知覚の水平線を越えては物質といふものはない」まで
2022年6月25日
「知覚とは直接に限定せられたものを意識することである」から
「感覚的なるものの知識の根柢に於ける一般者」の前まで
2022年7月9日
「感覚的なるものの知識の根柢に於ける一般者」から
「我々の見る知覚的空間は」の前まで
2022年7月23日
「我々の見る知覚的空間は」から
「此の如き一般者を云ひ表したものである」まで
2022年7月30日
「先験的空間といふ如きものは」から
「形相とも考え得るであろう」まで
2022年11月5日
「かかる場合、我々は直に映すものと」から
「感覚に附着して之を識別するのである」まで
2022年11月12日
「何となれば、所謂一般概念といは」から
「限定せられた場所を脱することはできない」まで
2022年11月26日
「知覚の意識面を限定する境界線をなすものは」から
「かかるものの背後に概念を入れて見るかぎり、知覚と云い得るのである」まで
2023年1月28日
「直覚を概念の」から
「論理的知識が成立するのである」まで
2023年2月4日
「然らばかかる一般概念を限定するもの」から
「かかる一般者は単に包摂判断の大語と考へられる一般者とは異なったものでなければならぬ」まで
2023年2月25日
「事実的判断は論理的に矛盾なく否定し得ると考へられる如く」から
「此場所から見れば、逆に内面的なる意志の連続に過ぎない」まで
2023年3月4日
「限定せられた有の意義を脱しない希臘哲学の形相より出立すれば」から
「矛盾を映すものがなければならぬ」まで
2023年3月11日
「思惟の矛盾は思惟としてはその根柢に達することであり、ヘーゲルの哲学に於いて」から
「主観の破壊が入って来るのである」(第3段落の最後)まで
2023年4月1日
「前に云った如く、フッサールの知覚的直覚といううのは」から
「種々なる作用の区別や推移が意志の立場に於いて見られ得ると考えられるのは此故である」まで
2023年4月8日
「有が無に於いてあるが故に」から
「意識の野に於いて対象が重なり合ふと考えられるのも、実は之によるのである」まで
2023年4月22日
「有の場所が直に真の無の場所に於いてある時」から
「自己同一なるもの否自己自身の中に無限に矛盾的発展を含むものすら之に於いてある場所が私の所謂真の無の場所である」まで
2023年5月13日
「或は前者の如きものに到達した上、更に於いてある場所といふ如きものを考へる要はないと云うであろう」から
「希臘人の所謂純粋なる形相といふ如きものも、一層深き無の鏡に於いては、遊離されたる抽象的一般概念ともなるのである」まで
2023年5月27日
「我々は常に主客対立の立場から考えるから」から
「かかる有の場所を破って現れる一種の散乱である」まで
2023年6月3日
「知覚、思惟、意志、直観といふ如きものは」から
「真に直接なる意識の場所に於てのみ可能である」まで
2023年6月10日
「右の如く特殊と一般との包摂的関係から出立し」から
「矛盾的対立の対象に於いて初めて働くものが考へられるのである」まで
2023年6月24日
「意識が純粋作用と考へられるにも」から
「その極限にまで押し進めて行けば、此に到達せざるを得ない」まで
2023年7月29日
「アリストテレスは物理学第三篇に於いて」から
「純なる主観性といふものに撞着せざるを得ない」まで
2023年10月7日
「始から主客の対立を仮定して何処までも之を固執すればとにかく」から
「性質的なるものが、主語となって述語とならない意義を有することによって、経験的知識の客観性が立せられるのである(註:最初の読点は読書会)」まで
2023年10月14日
「直覚の形式としての空間の如きものであっても、含むと含まれるとの関係に立つ前に、すべてが空間でなければならぬ」から
「述語面の中に含まれて居なければならない」まで
2023年11月11日
「一般と特殊との包摂的関係を何処までも押し進めて行って」から
「判断を含まない意志は単なる動作に過ぎないのである」まで
2023年11月25日
「判断は自己同一なるものに至ってその極限に達する」から
「判断的意識の面からその背後に於ける意思面に於ける自己同一なるものを見た時、それは個体となるのである」まで
2023年12月9日
「判断的意識面に於いては対象と意味とは区別せられるであらう」から
「その極致に於いて術語面が無となると共に対立的対象は無対立の対象の中に吸収せられ、すべてがそれ自身に於いて働くものとなる、無限に働くもの、純なる作用とも考へられるのである」まで
2023年12月23日
「此故に意志はいつも自己の中に知的自己同一を抱くと云ふことができる」から
「無限なる弁証法的発展を照らすものは此の如き述語面でなければならない」まで
2024年1月13日
「包摂的関係を何処までも述語の方向に押し進めて」から
「対象は意味に充ちたものとなる」まで
2024年2月3日
「此の如き直ちに直観の場所即ち真の無の場所に於いてあるものが」から
「直観面は知識面を越えて無限に広がる故に、その間に随意的意志が成立するのである」まで
2024年3月2日
「判断とは一般の中に特殊を包摂することであり」から
「述語面が自己自身を限定することであり、即ち判断することである」まで
2024年3月9日
「述語が主語を包むといふ考から云えば」から
「矛盾的統一の述語面に於てはじめて述語面が独立となるのである」まで
2024年3月16日
「単に限定せられた述語面は判断の根柢とはなるが」から
「一般的述語がその極限に達することは特殊的主語がその極限に達することであり、主語が主語自信となることである」まで
2024年4月6日

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